2.植物及び植生

2−1.植 物

 霧ヶ峰の地域の高原台地に限ると、その大部分は草原で、一部湿原となっています。ここに生育する植物はほとんどが 草本類で、低木類が混生しています。森林は谷間や沢筋、山腹、樹叢(後述)などにみられます。高原は山地帯上部から亜高 山帯下部にあたり、いわゆる高原植物、湿原植物の豊かな宝庫で、そのため明治時代から植物学者の目にとまり新種(33種 )や珍種の発見が数多くありました。
 高原は春から秋までいろいろな植物が開花しいつでも目を楽しませてくれます。春はスミレ類、ズミ、初夏はスズラン、レ ンゲツツジ、7月はニッコウキスゲ、アカバナシモツケ、8月はマツムシソウ、アザミ類、秋はススキ、アキノキリンソウな どが美しい群落をっくります。
 霧ヶ峰は気候、地理、地史などによって特殊植物が多く、ここを北限とするオオヤマレンゲ、南限とするオオタカネイバラ 、特産のキリガミネアキノキリンソウ、キリガミネヒオウギアヤメなどがあります。近年さまざまな開発によって、下界の帰 化植物のヒメジョオン類やマツヨイグサ類、牧草類の繁殖が目立っようになり、自生種の衰退や景観の変化が問題となってお ります。

2−1−1.北八ヶ岳の森林

  北八ヶ岳は亜高山帯に相当する。ここに現われる常緑針葉樹林にはシラビソ、オオシラビソを主体とする森林と、コメツガを主体とする森林とがある。そしてそれに続いてダケカンバの林が現われる。

  シラビソ、オオシラビソを主体とする森林には、トウヒ、コメツガなどの針葉樹とダケカンバ、ネコシデなどの夏緑広葉樹が高木となり、ナナカマド、オガラバナなど中程度の高さの木が混在し、コヨウラクツツジなどの低木が混じってくる。さらに、下草は、カニコウモリ主体の林、シノザサ、シダ類が生育する林とすみわけされたように分布している。これらの場所は、土壌が豊富に存在しているところである。

  コメツガの現われるところは、大部分がコメツガで、場所によって標高の低いところにチョウセンマツが混成したり、トウヒが混成する。このような場所は、大部分が岩石地の上に成立した森林で、草本類は少なく、コケ類が一面に生育している。

  岩石が少なく、土壌が深いところでは、風倒などで森林が破壊され再生されたところである。これらの森林はやがてシラビソが主体になる森林に移行する。

  ダケカンバ林は、再生コメツガ林と同じように、常緑針葉樹林が破壊された後、現われる。周辺部にコメツガがあればコメツガ林に移行。なければダケカンバ林が成立する。ダケカンバの種子には翼があり、飛散距離が長い。したがって、広範な生育地の確保が可能になる。

  雪が多く、雪崩が発生する場所では、裸地となる。雪崩がおきにくいところでは植物が浸入する。この地域は、土壌水分が豊富なため、大型の草本類が生育するようになる。やがては、ダケカンバやミヤマハンノキが生育するようになる。

  風が強く、森林が成立しない場所では、ムギクサ(イワノガリヤス、ヒゲノガリヤス)などのイネ科植物が生育するところとなる。麦草峠はそのような場所である。

  土壌の存在するところは、落葉落枝が堆積し、土壌微生物が多く生育している。こうした条件では、種子が落下すると種子は発芽する。しかし、この土中にある微生物が幼苗を犯し、枯損させてしまう。このためこのような土壌の上では、樹木の発生率が低い。岩石地でも土壌菌類が少ない。またコケ類のなかでも土壌菌の活動が少ないので、岩石地に森林が成立するのである。山火事や山焼きの後は、幼植物が枯損そにくいので、植物は育ちやすく林が成立しやすい。

  この辺りの亜高山帯からちょっと下がった森林、山地帯の森林は、大部分が再生したものである。昔、原野で畜産をしたが、その飼料の採取は草本であった。よい草本を得るために、原野に春先、火をいれた。山地帯は焼かれやすかったが、亜高山帯は空中湿度が高く、雲がかかったりするため、この地帯の針葉樹は焼かれずに残ったのである。

  山地帯に大部分にブナが存在し、扇状地などにはハルニレ林が成立する。沢沿いの低湿地にはヤチモダ林、シオジ林が成立する。八ヶ岳の東側、佐久側、では沢沿いにシオジ林が、西側の諏訪側ではヤチモダ林である。この境は、八ヶ岳を東西に分けるように成立している。

  山地帯は、採草地として利用されたところであったが、現在は大部分の場所がカラマツを植えた林となっている。一部に薪炭の採取地として急斜面が利用されており、その部分に現在も夏緑広葉樹林が存在している。

  当時の採草地が現在も残っているのは、北横岳と縞枯山の山麓部にあたるピラタスロープウェイ付近である。採草地跡に再生しているのが、シラカバ林とカラマツ林である。カラマツの天然更新もシラカバと同じで、山火事の跡にカラマツが自然更新し、天然の林が成立する。国道299号茶臼山山麓部にも天然更新したカラマツ林がある。

  山地帯の森林下は大部分がササ類が生育している。森林が蜜になり、林に光が入らなくなると、ササ類はすくなくなり、疎になると多くなる。また、ササ類の生育しているところは、土壌が深いところである。

  八ヶ岳の山麓部に生育するササ類は、チシマザサ、シナノザサで、これらは最深積雪が1m以上のところである。積雪量のすくないところではミヤコザサとスズタケが生育している。緩斜面にミヤコザサ、比較的急斜面になるとスズタケとなる。

2−1−2.植物

  八ヶ岳は高山植物が豊富な山として知られている。その中で八ヶ岳で発見され八ヶ岳の名称がついている植物がある。ヤツガタケシノブ、ヤツガタケトウヒ、ヤツガタケキンポウゲ、ヤツトリカブト、ヤツガタケナズナ、ヤツガタケザクラ、ヤツガタケスミレ、ヤツガタケムグラ、ヤツガタケアザミ、ヤツガタケタンポポ、ヤツガタケイチゴツナギなどである。

  八ヶ岳の植物は北半球の各地に生育するワラビ、オオヤマフスマ、ヤナギランなど、東アジア各地に生育するイチイ、カツラ、ハルニレ、オニグルミなど、

植物の垂直分布:

  地理学的に標高3000m以上を高山帯、2000m以上を亜高山帯としているが、八ヶ岳を登山すると山麓部では、カラマツ林と夏緑広葉樹林が現われ、常緑針葉樹林から高山帯に入る。

  一般的に、高山帯にはヒース(低木性の植生)や宿根性の草木が生育している。それゆえ、日本の山岳にあっては、これらの植物が生育しているところを高山とした。というのは、緯度によっては、標高だけで植物分布がことなってくるからである。

  八ヶ岳においては、こうした高山帯の植生は標高2500m以上に現れ、キバナシャクナゲ、ガンコウラン、コケモモ、ミネズオウ、ツガザクラなどのヒース植物とハイマツ、さらに、本来なら高山と亜高山の境界域に生育するミヤマハンノキ、ウラジロナナカマド、ミネザクラなどがモザイク状に生育している。

  南八ヶ岳の植物の特徴は、乾原性の高山植物で占められ、北アルプスなどに見られる雪田植物が少ないことである。

  ところで、標高が2500mに満たない北横岳や茶臼岳などにも高山帯の植生が存在する。氷河期の生き残った遺存植物なのである。

  氷河期から間氷期に入り斜面部に存在した高山植物が斜面上部に移動し、一部は消滅した。これらの高山植物が、巨石の堆積した沢沿いや、坪庭に生育している。これらの巨石の間に氷が溜り、夏になっても冷気が出、大型の木は生育できず、小潅木の高山植物が生育している。さらに、植物の個々の種にそれぞれ特性がある。生育する範囲も種によって、幅の広いもの、狭いものがある。

  亜高山帯は、常緑針葉樹類の生育するところと、これらの森林が破壊され再生したダケカンバの生育するところがある。亜高山帯の常緑針葉樹はシラビソ、オオシラビソ、コメツガ、トウヒなどである。夏緑広葉樹はダケカンバ、ネコシデ、オガラバナなどである。亜高山帯は上限が2500m、下限は1800mで、場所によって限界が上下している。

  山地帯はブナ林となるところであるが、人為的な火災のため消滅し、一部にブナが残っているだけで、その後にミズナラを主とする二次林が生育してきた。この山地帯は、以前は、草刈場として利用され、採草の必要がなくなり、その後にカラマツが植栽され、夏緑広葉樹林とモザイク状に存在している。

  丘陵帯から山地帯、亜高山帯と、更に高山帯の一部まで生育するサワラ、山地帯の上部から亜高山帯の中部に生育するイチイ、カラマツ、亜高山帯だけに生育するネコシデ。

  これらの植物の垂直的な生育の範囲を知ることで、地図をもたなくても自分の位置を容易知ることができる。

2−1−3.高山植物

  八ヶ岳は高山植物の宝庫である。これらの植物はどうして、環境の厳しい高山で生育しているのであろうか。

  地球上には、今からおよそ100万年くらい前から、少なくとも4回の氷河が襲来したと考えられている。そのため、極地方の寒さに耐えられる植物が南下してきていた。

  1万年くらい前になって、最後の氷河も終わり、現在のような温暖な気候になってきた。そこで、これらの植物は、極地方に帰っていったり、山岳地帯に遺存して分布が広まっていった。これが高山植物の祖先である。その後、その地の環境に適応して、その山岳特有の新しい種も生まれた。これが現在の高山植物である。この地に特有なヤツガタケキンポウゲなどは、この山で生まれた新しい種である。

  八ヶ岳の周辺は、冬に比較的雪の少ない、表日本型の気候である。そのため、好湿性の植物は少ない。

  植物の多いことでは白馬岳に次ぎ、特産種や稀品種が多いことは屈指である。これらは主として横岳、硫黄岳、赤岳に多く分布している。

高山植物の特徴

  気象の厳しい高山帯に生育する高山植物は、これに適応するため、低地の植物に比べ、次のような特徴がある。

2−2.植物遷移

 高原の植生は現在大部分が草原ですが、大昔は森林であったといわれています。そのなごりが樹叢といわれる林です。伐 採、火入れ、採草、放牧により草原化しましたが、この草原も放置しておくとやがて遷移して変化します。土木工事や人の踏 み付け、土砂崩れなどでできた裸地は、そのまま放置されるとやがて植物が生育してきます。まず、イタドリやヨモギ、ヨツ バヒヨドリ、ノコンギクなどのキク科型群落、さらにススキが繁殖して優占するススキ型群落となり、やがてズミ、シラカン バ、ミズナラなどが生育して低木林、さらにミズナラが大きく育ってミズナラ林となり、最後には極相林としてブナ−ミズナ ラ−ウラジロモミ林となって安定すると思われます。標高1750m以上の場所では、キク科型からヒゲノガリヤス、ササの 優占する草原に、さらにダケカンバ林をへて極相林のコメツガ−シラビソ林となると思われますが、遷移の様子はまだよくわ かっていません。なお、この遷移の途中に採草や踏み付けなど人の手が加わると、その強さに応じて違う植生が発達します。

2−3.植 生

 霧ヶ峰に発達する主な植生は次のようなものがあります。

【広葉草本群落】

 遷移の初期に発達し、高さ70cm以下の群落で、ヨツバヒヨドリ、ノコンギク、ノアザミ、ヘラバヒメジョオンなどキ ク科や、イタドリ、スズラン、オオバギボウシ、ツリガネニンジン、マツムシソウなど多彩な植物からなり、優占種は特定で きずキク科優占の群落です。

【高茎草本群落】

 沢筋や多雪地で湿生な立地に発達し、高さ1m以上の群落をっくり、オニシモツケ、ヤナギラン、シシウド、カラマツソ ウ、オタカラコウ、マルバグケプキ、ヤグルマソウ、ヤマヨモギ、クガイソウ、ハンゴンソウなど大型の草本植物からなります。

【ススキ群落】

 遷移が進むと、ススキが生育し、一面のススキ草原になり、高原なので高さは1.5mで低く、その中には前述の広葉草 本類の他、オミナエシ、ワレモコウ、シラヤマギクなど、さらに夏を彩るニッコウキスゲが優占します。

【ササ−ヒゲノガリセス群落】

 標高1750m以上になると、ススキの生育は衰えてニッコウザサやヒゲノガリヤスの優占する群落になっており、寒冷 で風が強い地域に発達し、冬も積雪は少ない。ニッコウキスゲ、マツムシソウなども混生する。なお、風背側で多雪の場所では 高標高地でも高茎草原が発達しています。

2−4.湿 原

【八島ヶ原湿原】

 湿原研究では世界的に有名なJensen博士が「これはど見事なものは世界中でベルギーに一ヵ所みるのみだ」と絶賛 されたという八島ヶ原湿原は何の変化もなく一様に見渡せる湿原ですが、ミスゴケ泥炭は8.05mに達し、14C測定から起 源は12000年前と推定されます。湿原は二つのドームが接していますが、これは湿原の元の地形によるもので、隣接して発 達してきた湿原が発達途上で合体したからだといわれています。湿原には三つのタイプがみられます。雨水によって涵養されて いる高層湿原、雨水と地下水によって涵養されている中間湿原、池や小川の富栄養立地に発達する低層湿原です。

【高層湿原】

 ヒメシャクナゲ、ツルコケモモ、ワタスゲ、モウセンゴケ、ミズゴケ類など北半球のツンドラ地域に生活の本拠を持っ植 物が生育し、群落をつくっています。極相的群落を形成するのはチャミズゴケを標徴種とするヌマガヤ−チャミズゴケ群集、泥 炭を最も多く堆積するのがイボミズゴケ、ムラサキミズゴケを標徴種とするヌマガヤ−イボミズゴケ群集です。小隆起が発達し すぎ水分収支がとれなくなるとミズゴケ類は枯れ、乾燥に強いハナゴケ類による群落やホロムイスゲーヌマガヤ群集になります 。泥炭の堆積がとまった立地は小凹地になります。八島ヶ原湿原は18種類のミズゴケ類が生育しています。なかでもイトミズ ゴケは霧ヶ峰特産で、シナノミズゴケは日本で初めて霧ヶ峰で発見された種類でいずれも貴重な種類です。小隆起と逆の小凹地 にはミカヅキグサ、ヤチスギランなどによる群落がみられます。常に地下水位の高い立地はイトミズゴケ群集、やや乾燥する立 地はミカヅキグサ群集、乾燥傾向の立地はクロイヌノヒゲモドキ群集が発達しています。小隆起植生と小凹地植生は両ドームの 上底的にモザイク状に群落を形成し、小隆起の代表的なヌマガヤ−チャミズゴケ群集、ヌマガヤ−イボミズゴケ群集はドームの 斜面にみられます。

【中間湿原】

 中間湿原はヌマガヤ湿原とも呼ばれ、ヌマガヤ、ホロムイスゲ、ワラミズゴケ、オオミズゴケなどの種群によって特徴づけ られる湿原です。群落はホロムイスゲ、ヌマガヤを標徴種とするホロムイスゲ−ヌマガヤ群集で、ミツバオウレンを伴う群落が 高層湿原植生の退行群落としてドーム上底部に、ホソバオゼヌマスゲ、イワノガリヤスを伴う群落は流水域周辺、アオモリミズ ゴケ群落は停滞水域に、ヤマドリゼンマイ群落はドーム斜面の乾燥する立地にみられます。

【低層湿原】

 ヨシや大型のスゲ類によって構成される群落とイヌノヒゲによって構成される群落です。前者は車山、踊場湿原アシクラ池 周辺に発達し、後者は鎌ヶ池東岸の小石のある無機土壌に発達しているのがみられます。鎌ヶ池、鬼ヶ泉水、八島ヶ池などには 挺水植物のホタルイ群落、シズイ群落や、浮葉植物群落のオヒルムシロ群落、クマミクリ−コタヌキモ群落がみられます。

【マント群落】

 湿原周辺は普通ズミ、レンゲツツジなどの低木によって囲まれています。霧ヶ峰は人との関わりが多かったために周辺に発 達していた群落は伐採され断片が周辺部に残っているだけです。代表的なものはレンゲツツジ−ズミ群集であり、雪不知の沢と 鎌ヶ池水系の合流地点の自然堤防上にはホザキシモツケ群落がみられます。

【湿原周辺群落】

 広い面積を占めるのがスズラン−ススキ群集で二次的な草原です。
 ナガボノアカワレモコウ−アカバナシモツケ群落は雪不知の沢が運んだ無機土壌の上に発達しています。車道周辺や踏込みの多 いところは外来種のヘラバヒメジョオンが繁茂を始め在来の群落をおしのけて広がりつつあります。
 湿原内には高く成長しないサワラの群落、西側のドームには新旧の亀裂、両ドームの間にある列状の井戸群、深さ2.4mもあ る大井戸、八島ヶ池の浮島、鎌ヶ池西岸の2m近くもある棚状湖岸など不思議な現象が多くみられます。

【車山湿原】

 湿原は車山と蝶々深山の鞍部、観音沢の海流部に発達した細長い谷湿原です。
 湿原は主に小川沿いに発達しています。泥炭層は浅く、厚い部分でも1.5mです。群落は八島ヶ原湿原とはとんど変わりませ んが、小凹地の群落とハナゴケ類の群落はみられません。湿原中に小池があり、ミズガシワの群落がみられる、こと、チャミズゴ ケ、イボミズゴケなどのミズゴケ類が大きい転石の上にまで繁茂し、群落を広げようとしている現象などがみられます。

【踊場湿原】

 湿原は周辺を山で囲まれ、断層線上に発達した湿原です。車山斜面からは常に流水があり、アシクラ池を形成しています。他 の周辺はヨシ、イワノガリヤス、オニナルコスゲによる低層湿原群落がみられます。池の中にはヤマアゼスゲの谷地妨主が発達し 特異な景観をみせています。高層湿原は池の西側にみられ、泥炭は最深部で2.3mあります。群落は八島ヶ原湿原と変わりませ んが、小凹地の群落とハナゴケ群落はみられません。
 中央にチャミズゴケが高さ40cm、長さ2〜3m、幅1〜2mの小隆起を形成して、他の湿原にみられない現象を示しています。


2−1−1〜2−1−3:蓼科山頂ヒュッテ 米川喜明様寄稿
上記以外:『霧ヶ峰の自然観察』土田勝義【編】大正印写1992年5月発行【第3版】