1.地質及び気候

1−1.霧ヶ峰の地質及び気候

1−1−1.車山・ゼブラ山の構造土

 霧ヶ峰草原の車山やゼブラ山には、自然にできた階段状の地形が見られます。階段面には草がなく、大小の右 がごろごろしており、階段面と階段面の間の斜面にだけ草が生えています。大きくなった草の倒れている方向を見る と、階段面のできている方向と一致しています。車山のものは流土階段と流土階段が条線砂礫へと移行しているもの もあります。この移行は山の斜面の傾斜が増す所で形成されており、斜面に添ってたれ下がっています。
 流土階段は、冬の一定方向に吹く風で地表面の雪が吹き飛ばされ、筋状に露出した地面が凍み上がり、土の中の右 が地表へ押し出されてできるのだそうです。強風と石ばかりのところには植物が生えにくく下図のような階段状にな るわけです。(諏訪の自然誌地質編)
 構造土とは、土中の水分の凍結・融解の繰り返しにより、粗粒物質が抜け上がり集積して模様を作るもので、多角 形土(亀甲礫)・環状土・条線土・階段礫などと呼ばれている。ツンドラ、高山荒廃など周氷河地域で形成されるよ うです。(北澤和男氏監修)

1−1−2.霧ヶ峰火山群の地質

●地 形

 霧ヶ峰高原は、霧ヶ峰火山群の最末期に噴出してできた車山を主峰として、東が白樺湖・大門峠、北から西にか けて殿城山・蝶々深山・大笹峰・八島ヶ原湿原・鷲ヶ峰、西から東にかけては強清水や北大塩峠に及び、標高160 0m〜1900mで南に緩傾斜の広大な高原です。一方、高原の北斜面は急陵な斜面がつづいて、西北西〜東南東方 面の低地(鷹山断層谷)があり、この低地を隔てて虫倉山の山稜が北方に広がっています。このように、霧ヶ峰高原 は火山活動や断層活動、浸食の違い等で、南北が非対称の地形となっております。

●地 質

 霧ヶ峰火山群の活動は、第三紀鮮新世末期から第四紀更新世前期(約140万年前)にかけて活動した古期の火 山活動と、車山、鷲ヶ峰、三峰山など北西から南東方面に連なって位置する山体型盛期の新期火山活動とに分けられ ます。古期の火山活動では、火砕流を主体として溶岩流(安山岩)を伴いながら、現在の諏訪盆地を埋め尽くすほど の多量の火山砕せつ岩類(狭義の塩嶺累層)を噴出しました。その後も諏訪盆地は、糸魚川−静岡構造線の活動によ り沈降を続け、だんだん現在の盆地を形成するようになり、一方、霧ヶ峰地域では、火砕流から溶岩流を主体とした 活動に変わってきました。この霧ヶ峰火山群新期の活動は、第四期世前期(今から130万年前から60万年前にか けて)が最も盛んでした。新期の火山活動は、北西の三峰山地域から始まり、北東の虫倉山、南東の八子ヶ峰などで 、安山岩を主とした噴出物を堆積しました。そして、虫倉山の南南西と八子ヶ峰の北北東側では断層活動が起こり、 鷹山断層、八子ヶ峰断層が生まれました。この二つの断層に挟ませた谷は、いわゆる火山性地溝と呼ばれるものです 。三峰由の火山活動の後は、はぼ和田峠、鷲ヶ峰、霧ヶ峰高原の順で活動し、最後に車山の活動で霧ヶ峰火山群の活 動は終息しています。和田峠を中心として噴出した黒曜岩は、古代人の石器の源石採集地として重要な役割をはたし ました。この黒曜岩の噴出年代は、星ヶ塔付近のものが約130万年前、和田峠では約85万年前という測定値が報 告されています。この黒曜岩や流紋岩を主とした和田峠火山岩類を貫いて、峠の南南東では角閃石安山岩を主体とし た活動が起こり、鷲ヶ峰を形成しました。また、高原南山麓の諏訪市側では、福沢山から唐沢山で、鉄平石と呼ばれ 利用されているかんらん石輝石安山岩(第1期火山岩)が噴出しました。霧ヶ峰第U期の火山活動に入ると、流動性 に富む角閃石輝石安山岩を主体とした溶岩が広域に分布し、現在の高原台地を形成しました。活動の末期には、粘性 の増したかんらん右角閃石輝石安山岩の活動により、車山山頂部を形成しました。山頂の南側には、最末期の活動と しての爆裂火口と推定される馬蹄形の断崖があります。

1−1−3気 象

 霧ヶ峰の気象の資料はあまり多くありません。少し古くなりますが、昭和19〜21年に最高地(1925m) の車山で観測された資料があります。それによると気温は年平均2.5℃、月最高気温の最高は8月(22.6℃) 、最低気温の最低は2月(−20.7℃)となっており、夏は涼しく冬は非常に寒冷な地域です。降水量は年185 5mmでかなり多く、6月から10月までに全体の60%ちかく降ります。冬は2月に最高を示します。降雪は11 月末から3月末頃までありますが、北斜面は5月のはじめまで残ることがあります。なお、平坦部や南斜面では最高 積雪量は50〜70cmぐらいでそれほど多くありません。風については、一年を通じてほとんどが南風で、年平均 風速が7.7m/秒でかなり強く、とくに12月から4月の冬期に強く吹きます。このため冬の積雪量の分布に大き く影響し、南斜面は強風で雪が吹き飛ばされて少なく、風背地に吹きだまり、また標高が高くなると風が強くなるの で、少なくなります。この積雪量の分布は植生の分布に大きく作用しています。霧ヶ峰の名の通り、ここはたいへん 霧の発生が多い所で、一年のうち298日も発生したそうです。なお快晴日はわずか33日でした。また、雷の発生 も多く、とくに6、7、8月の観光シーズンに多いので注意が必要です。

1−2.八ヶ岳の地質及び気候

1−2−1.縞枯山の縞枯れ現象

 北八ヶ岳には、横に幾筋にもシラビソが縞状に立ち枯れた縞枯山があります。なぜ、縞状に立ち枯れるのか、 その原因とでき方はずっと謎のままでした。しかし、近年の研究で少しずっ謎が解けてきました。東京都立大学理 学部教授木村允先生の40年間に波る研究から、その原因とでき方を探ってみます。
 大きな原因は諏訪側から吹き上げる南西の偏西風と台風などの強い風だということです。それに、火山噴出物の 岩石におおわれた腐植土の浅い土地が、シラビソの成長を抑えているようです。
 シラビソが10mくらいに成長すると風当たりが強くなり、特に強風が吹くと大きく幹が揺すられ、浅い張り方 しかできない根は浮かされて細い根が切れてしまいます。すると水分・養分の吸収ができにくくなり立ち枯れてい くというわけです。ですから、10mくらいの高さの木がそろって枯れるというのです。どうやら酸性雨ではない ようです。
 この立ち枯れの縞は、次第に上の方へと移動して行きます。木の寿命はおよそ70年くらいと分かっています。
 縞枯山の北東斜面の林では、縞枯れ現象が見られないばかりか、太いシラビソ・細いシラビソ・ダケカンバ等い ろいろの植物が生えていて、亜高山帯の普通の森林です。偏西風はないので立派な森林になっています。(植物の ふしぎな旅「縞枯山の謎」北八ヶ岳BS−2’95.12.8)縞枯れ現象は次ページのような山にも見られます。

1−2−2.八ヶ岳火山の活動の概要

 八ヶ岳の火山活動は、古八ヶ岳期と新八ヶ岳期に分けて考えられる。
 古八ヶ岳期の火山活動は、北の双子山(2223m)かわ始まり弧を描いて次第に南下し成層火山群を形成し権現岳(2712m)で火山活動をいったん休止する。この火山活動を古八ヶ岳期と呼ぶ、休止期には浸食作用がありこの侵食期が終わると今度は南から北に向かって溶岩丘を形成する火山活動が始まり蓼科山(2530m)で終わっている。この古八ヶ岳期の火山列を東列・新八ヶ岳期の火山列を西列と呼ぶ。
 2つの火山列は火山の活動様式と、岩質によって2分することができる。すなわち南八ヶ岳火山群は岩質は主として玄武岩・各閃安山岩・デイサイト・流紋岩で成層火山群と溶岩丘群から成っている。
 岩質と山容の境界は夏沢峠にある。
 八ヶ岳火山列で注目すべき点は火山群が東西2列あって東列と西列は南八ヶ岳でほぼ一致し北上するにつれ次第に別れ北端では約2km余りの開きとなっている。
 この東列と西列の開きに湖沼が形成されている。

1−2−3.南北八ヶ岳の相違

@南八ヶ岳

 北八ヶ岳火山群で認められる様な顕著な火山群の二重配列構造は見られない、それは古八ヶ岳期の山体の直上に新八ヶ岳期の山が形成されたからである。そのもっとも典型的な山体は、御小屋尾根−阿弥陀岳−中岳−赤岳ー県堺尾根(真教寺尾根)を通る稜線を見ると分かる。以下稜線の断面図を示す。

 御小屋尾根−阿弥陀岳−中岳−赤岳ー県堺尾根(真教寺尾根)の間を見ると小鞍部あるいは傾斜の著しく変化している点があることにきずく、この地点は古八ヶ岳期噴出物を覆う新八ヶ岳期噴出物は最初に現れた場所である。
 中岳は、周囲の岩体とともにこの火山群の”根”を構成しており両側の鞍部は新八ヶ岳期噴出物との境界部に当るのではないか、と考えられる。
 同様なことが、鼻戸屋−編笠山−ギボシ−権現岳−権現沢左−地獄谷−美しの森を結ぶ線で断面図を作ると、小鞍部・傾斜の著しく変化している点があって、ここではギボシが火山の”根”を構成していると考えられる。

A北八ヶ岳

 北八ヶ岳では、火山群による東列(古期火山列)西列(新期火山列)の二重構造が顕著である。この火山配列は北部で西に振れ東北方向にトツ状の弧状をしている。東列の火山は成層火山群で侵食が進んでいるのに対し、西列の火山は東列の火山列の造る山体の西傾斜に溶岩丘群として形成され主稜をなしている。とくに、極めて珍しいことは、二個の溶岩丘が北60〜70度西方向に連結している、東列、西列の二重弧の形成期に合わせてこのような小スケールの雁行配列が形成されたことは非常に興味深いことである。

(河内晋平 1978 蓼科山・八ヶ岳地域の地質、参考)

1−2−4.稲子岳の二重山稜

 中山峠と稲子岳にはほぼ垂直で標高150mを越える顕著な断崖が東西2列配列している。この断崖は北八ヶ岳随一の断崖で、西列の断崖は中山峠から「にゅう」に向かう登山路に沿い南東方向にオウ形に湾曲し「にゅう」に達している。東列の断崖は稲子岳の東壁の断崖で中山峠の東方ではじまり南東方向にトツ形に湾曲し「にゅう」に達している。
 稲子岳の稜線はゆるやかで断崖と同じように「にゅう」に達している。稜線の西側は緩やかな傾斜で西側の断崖の下部に接している、従って稲子岳の稜線と西列の断崖との間は窪地となり断崖と同じように「にゅう」に達している。
 窪地は最大幅が、250m・長さ約900m・窪地底部の標高約2300m・西列の断崖の最高部の標高約2470m・稲子岳の標高約2390m・であるから窪地の底部と断崖との標高差は、西列側が約150m・東列側が約100mで、2本の稜線があることが明らかである。
 このように東西2列の断崖が山稜を形成することは極めて珍しい、この成因については諸説があるがもっとも妥当であると思われる説は、「稲子岳の東麓が大月川の泥流で大崩壊して支えを失い、大規模な地滑りをおこし稲子岳が東にずりおちた、西列の断崖はずりおちた時の断面」ではないかと”河内 晋平”氏は語る。
 二重山稜と同じような小規模の現象が、夏沢峠から箕冠に通じる登山路沿いに、幅1.5〜2m・深さ3m・長さ5m・位の亀裂が数か所みられる。

(河内晋平 1978 蓼科山・八ヶ岳地域の地質、参考)

1−2−5.構造土と万年雪

@諏訪地方の七不思議の一つに「北八ヶ岳・茶臼山山麓の風穴に残雪がある」ことをあげる人がいる。ところが稲子岳でも残雪を見ることができる。
 場所は、稲子岳の稜線と西列の断崖の間に生じた窪地中央南端の底部に盛夏であっても氷が保存されている、この窪地中央南端の底部は、巨大な稲子岳溶岩が累累しているが、その内の一部が二次作用を受けて直線状態に配列した構造地形を呈した部分であって、この構造地形を呈した岩塊の底部に多量の氷が保存されている。八ヶ岳では極めて珍しい現象である。
A亀甲池と双子池は溶岩丘に形成された池である、両方の池とも双子溶岩に埋め立てられて双子池は雄池と雌池に分けられ、亀甲池は池の東大半が埋め立てられた。この変化で岩塊の配列を亀甲状に配列したのか、それとも氷河期の変化によるものか、定かではないが池の底に岩塊が亀甲状に綺麗に配列している。
Bスリバチ池は融雪期・雨期以外は水は涸れている、池の底はスリバチ池溶岩の岩塊が累累としているが、一部の岩塊は環状に配列し環状構造土を形成している。氷河による二次作用か、成因は定かでない。

1−2−6.八ヶ岳の湖沼群

日本各地を登山して八ヶ岳程火山列に湖沼の多い地域はない。しかもその多くが主稜の近くに散在している。これは東列の火山列の出発点と西列の火山列の終止点との開きが約2kmあることにある。これは東列の火山活動で形成した山体が、火山活動の休止期に侵食され谷や窪地をつくった、この谷や窪地が西列の火山活動による溶岩流によって塞き止められた窪地に湧き水がたまって生じたと考えられる。
 その根拠は白駒の池以外には、流入口・流出口がない無口湖である。
 八ヶ岳火山列の東山麓に散在する松原湖湖沼群は、稲子岳、天狗岳(2646m)の火山泥流(大月川泥流と呼ぶ)が作った窪地に水が給ったものである。

名 称 標高(m) 湖面面積(u) 最大深度(m) 成  因 メ  モ
双子池 雄池 2010 19180 5.1 溶岩丘間の凹地に形成された、元来一連の池を、双子池溶岩が2分 構造土あり 同時完成
雌池 2010 17000 7.7
亀甲池 2035 5900 1.0 溶岩丘間の凹地。東半分を双子池溶岩が埋積 亀甲状構造土発達
七つ池 2360 90 0.2 火口跡と溶岩流表面の凹地 湛水4ヶ所、構造土あり
雨池 2050 46700 2.0 火口跡あるいは溶岩丘間の凹地
地獄谷 2130 50 0.0 火口跡 底部に万年氷
白駒池 2115 114300 8.6 溶岩流間の凹地 排水口あり、2000m以上の高山湖として日本最大
すりばち池 2410 150 0.5 溶岩流表面の凹地 湿地5ヶ所、構造土あり
みどり池 2055 2875 2.5 大月川泥流の凹地
松原湖群 松原湖 1115 117220 7.7 大月川泥流流水山間の凹地
長湖 1115 29200 3.6
鶉取池 1118 2610 2.8
臼児池 1112 5925 3.7

面積・最大深度は上野編(1954)による。

1−2−7.八ヶ岳山麓の温泉群

 八ヶ岳山麓に湧出する温泉は八ヶ岳の西側の北部山麓に集中している。この原因について予想されることは2つある。
 @八ヶ岳の火山活動は西側の蓼科山で終わっている。
 A西列の火山列内にある小スケールの火山の雁行配列の方向が、八子ヶ峰と蓼科山の合間を走る八子ヶ峰断層と一致していることからして、八子ヶ峰断層が地殻の内部で影響しているのではないか、と考えられる。

主な温泉の特徴
温泉名 泉温(℃) 泉 質 pH 備  考
三 室 87.2 硫黄泉 2.7 ポンプアップ、60℃に落とし別荘に分湯
子三室 46.0 硫黄泉 3.2
本 沢 52.0 硫黄泉 4.0
横 谷 25.1 炭酸鉄 5.2 鉄により淡褐色をしている
明 治 22.1 鉄 泉 3.8 明治・渋川とも周辺に褐鉄鉱の採掘跡あり
渋 川 23.4 鉄 泉 3.8
渋御殿 22.7 硫黄泉 3.8
唐 沢 9.1 3.8 硫黄を含むラジュウム泉

上記以外の温泉は、温泉が20度以下で硫黄泉のため省略

1−2−8.八ヶ岳山麓の河川

 八ヶ岳火山列から流出する河川は北八ヶ岳に多く南八ヶ岳に少ない、また東側と西側を比較すると西側が多い。
 北八ヶ岳の西側が多い理由は、西側の火山列を形成する溶岩丘の岩質が不整合で谷を形成していることにあると考える。
 南八ヶ岳から流出する、切掛川・甲六川・古杣川・高川などは古八ヶ岳期の火山岩と新八ヶ岳期の火山岩の互層から湧出する湧水が主流で水量は少ないが、水質は良く、pH=6.8〜7.3・水温は年間8〜10℃で飲料水としては最良である。
 立場川の源流部(中岳と阿弥陀岳が造る沢)には硫黄泉があってpH=4.4と酸性を示すが権現岳が造る蟇滝沢の合流点でpH=5.6、ノロシバ沢の合流点ではpH=6.8となっている
 同様なことが川俣川についても言える。地獄谷ではpH=4.5が、川俣川西谷の合流点でpH=5.5となっている。
 北八ヶ岳から流出する河川についても同様に各河川の源流部の岩質と温泉によって水質が変わっている。例えば、柳川の源流で美濃戸乗越から流下する沢は赤岳の鉄分が溶けて河床が褐色を、ショウゴ沢から流下する沢は硫黄の流出ヶ所あるため河床が白色に変わっている。
 かような現象が顕著に表れている河川に渋川がある。源流の賽の河原・中山からの流水はpH=6.8だが渋の湯上の堰堤で硫化水素が溶けてpH=3.3となり、更に渋の湯で硫黄泉pH=2.7が流入して河床を約500m白濁し、1.2km下流では褐鉄鉱を溶かした逆川が流入して河床を赤褐色に変えpH=3.3とし角明川と合流するまで続いている。

1−2−9.八ヶ岳の気象

(1)風

 森林地帯を汗びっしょりで登り、クロフが尽きた途端、いきなり風が強くなる。汗が冷え、道の険しさを見て、疲れていた体が緊張する。一息入れると、回りに片方へ枝を伸ばしたり、幹を曲げている偏形樹がみられる。八ヶ岳では、ほぼ東〜北東に枝を伸ばしている。樹木は風上に向かっては成長が難しいので、偏形樹を見ると、その地点の卓越風の方向を読み取ることが出来る。
 長野県の周囲の山では、八ヶ岳と同じに、ほぼ東〜北東に向いている。霧が峰だけは、八ヶ岳連峰のためか北へ向いている。
 霧が峰は夏冬ともに南風が卓越している。このことは1800mあたりの卓越風である西風が、南アルプスと八ヶ岳連峰によって南風にしていることになるので、八ヶ岳の風は複雑である。
 また夏季は中部地方に地形性低気圧が発生する。
 この場合、長野県では北風が吹き、積雲の発達は非常に早い。八ヶ岳に笠雲が見られる。夏の良く晴れた日尾根筋を吹き上げる風が吹く。これが谷風である。空気に含まれた水蒸気が、谷風によって上昇すると露点に達し、水蒸気が凝結して霧が発生する。これが急激に発達すると、積乱雲となり落雷の恐れがある。集団登山のとき、午前中に頂上に到着する日程にする事が大事である。
 山の風は夏季は日中強く、午後3時ころ最大になる。冬季は逆に夜間強く吹き、日中は弱まる傾向がある。

(2)気温

 車に温度計をつけて気温を測定すると、標高が高くなるにつれて気温が下がることが分かる。
 この測定の日は白樺湖は100mにつき0.7℃麦草峠の斜面は0,58℃ずつ下がった。
 夏でも気温は10℃以下となることがあり、また、風速、日射、湿度、などによって体感温度がちがうのでそれに対応できる服装を準備することが大切である。
 八ヶ岳の諏訪側の佐久側では日射によって気温や霧の発生の仕方がちがう。
 自記温度計の記録を見ると、午後になると諏訪側は直射日光を受け気温が急上昇し佐久側から山頂にかけて霧が発生し、気温が微上下運動していることが分かる。
 霧と光線の角度によっては、ドイツ中部のハルツ山脈のブロッケン山で多く見られる、ブロッケンの妖怪を見ることが出来る。また、山の楽しみは雲海の彼方からのご来光を拝観することである。


1−1−1・1−2−1:
1−1−2〜1−1−3:『霧ヶ峰の自然観察』土田勝義【編】大正印写1992年5月発行【第3版】
1−2−2〜1−2−9:『八ヶ岳 −自然を楽しもう−』八ヶ岳教本編集委員会【編】八ヶ岳自然と森の学校 2001年6月1日発行