3.その他の自然

3−1.鳥  類

●霧ヶ峰草原に生息する代表的な鳥

 霧ヶ峰には19料39種の鳥類が今までに観察されています。これらの鳥類はその生息状況から、およそ次のように まとめることができます。
草原内繁殖鳥:ノビタキ、ホオアカ、コヨシキリ、ビンズイ、ヒバリ、オオジシギ、ウズラ、カワラヒワの8種。以前には 世界の珍鳥とも言うべき鳥で、地球上の分布がごく限られた所にしかいないコジュリンが繁殖していました。しかし、昭和 52年以降、霧ヶ峰から姿を消してしまいました。
草原のへりで繁殖している鳥:アオジ、ホオジロ、ハシボソガラス、ウグイス、コムクドリ、モズの6種。近年、強清水、 八島などのバス停を中心にハシボソガラスの数が増えています。また、アオジ、モズ、コムクドリはミズナラ、コナシなど の潅木沿いに草原の中に入ってきています。特にビーナスライン沿いのカラマツ造林地にアオジが、そしてミズナラ林にコ ムクドリの繁殖が目立っています。
草原上空に飛来する鳥:ノスリ、イヌワシ、トビ、チョウゲンボウの猛禽類。
時々草原内に侵入してくる鳥:オナガ、ムクドリ、シジュウカラ、コガラ、アカハラ、アカゲラ、セッカ、イワツバメ、ア マツバメ、ツバメ、カッコウの11種。特にオナガ、ムクドリは旧御射山周辺で潅木沿いにかなり草原内に近年入ってきて います。また、セッカは、他のくるみ湿原でよく観察されます。イワツバメ、アマツバメ、ツバメの3種は8月に入ると草 原内に幼鳥群をともなって採食に訪れる季節的侵入者です。

●出現個体数

 霧ヶ峰草原にどんな鳥が多いか知るには、見つかる鳥の数をかぞえます。草原の中を通っているいくつかの道を選んで 、そこをゆっくり歩きながら、まわりにみつかる鳥を全部記録して、それをまとめたのが次の表です。合計羽数からみて、 もっとも多いのはノビタキ、コヨシキリ、ホオアカの3種です。数の上ではこの3種が霧ヶ峰の代表的な鳥と考えることが できます。下の表からは観察コースごとの比較できます。ノビタキ、ホオアカの2種はどのコースでも観察されたのに対し 、コヨシキリ、ビンズイなどの鳥は観察されるコースと観察されないコースがあります。このことは種によって鳥の分布が 草原全体にわたるものと、特定の場所にだけ分布するものがあることを示唆しています。また、出現鳥の個体数を比較する と、コースによってかなりの片寄りがみられます。ノビタキとコヨシキリはイモリ沢草原に最も多く出現しています。ホオ アカは車山湿原周囲草原に多く出現しています。イモリ沢草原は全種の出現個体数の合計が最も多いコースです。八島湿原 東岸草原は出現種類数の最も多いコースです。このように霧ヶ峰草原の鳥の分布は草原の場所によって個体数や種構成に特徴を示します。

出現個体数調査結果・環境区分別分布(新しいウィンドウが開きます)

●草丈と草原の鳥の分布

 ホオアカはよくレンゲツツジの枝の上でさえずっています。しばらくすると、ホオアカが飛び去り、同じレンゲツツジの 技の上に、ビンズイがとまったりします。あるいはノビタキがそのレンゲツツジの先にとまって近くに飛びまわる昆虫に目 を向けてねらっている場面などに出会います。草原に一歩足をふみ入れた時、このようにそれぞれの鳥が同じような場所に 一見、混在しているように見えます。しかし、よく見るとそれぞれの鳥は植物の種類、草丈、草の茂り方、地形など草原の 様子によって分かれて生活しています。コヨシキリはススキやヨツバヒヨドリなど丈の高い、しかもそれらの植物の密度の 高い草原に多く観察されます。
 逆にヒバリ、ビンズイはトダシバやササなどの丈の低い草原や植物の生えていない地面に多く観察されます。ホオアカは どんな環境にも均一に観察されるのが特徴ですが、草丈で比較するなら丈の低い草原に多く観察されています。ノビタキは ススキ群落周囲の荒地に多く観察されます。

●繁殖の時期

 ノビタキ、ホオアカ、コヨシキリ、ビンズイ、ヒバリなどは春から秋まで霧ヶ峰で生活する夏の鳥です。同じ夏の鳥で も霧ヶ峰に渡って来る時期や繁植を始める時期に違いがあります。最も早く草原に姿を見せるのがノビタキです。草原の日 陰にまだわずかな残雪がある頃やってきます。4月下旬にはさえずりが聞かれ、5月下旬には産卵が見られます。ヒバリや ビンズイもノビタキについで早くやってくる仲間です。最も遅くやってくるのはコヨシキリです。草原の植物が芽を出して 、草原全体が緑色になり始めた頃やってきます。6月上旬にようやくさえずりが聞かれます。6月下旬に巣が造られ7月上 旬に産卵がみられます。ホオアカは5月上旬から中旬にやって来ます。5月下旬から6月初旬にかけて巣が造られます。6 月中旬から下旬にかけて卵が生みこまれます。

●巣造りの場所

 草原の鳥の巣造り場所は種によって特徴があります。ノビタキは地面のくぼちにうずめるよづに巣を造ります。ヒバリ 、ビンズイもよく似ています。ホオアカの巣は草本の根元の地面にのせるように造ります。必ず巣の上にノアザミ、オヤマ ボクチ、ミヤコザサなどの広い葉のおおいがあります。また、7月下旬頃、遅く繁殖を開始する個体ではレンゲツツジの枝 上など地面よりやや高い場所に巣造りする傾向にあります。コヨシキリは地上20〜50cmの高さに造ります。ヨツバヒ ヨドリなどの茎に巣の一部分をからませるように造ります。

3−2.哺 乳 類

●草原でみられる哺乳類の特徴

 草原の哺乳類の構成は、森林のそれよりも単純です。小型の食虫類(ミズラモグラ、アズマモグラ、ヒメヒミズ、ヒミ ズ、トガリネズミ)とネズミ類(ハタネズミ、アカネズミ、ヒメネズミ)、中型のノウサギと食肉類(キツネ、テン、イタ チ、アナグマ)が草原でみられます。これらの哺乳類の分布は、主に植生などの自然環境と近縁の動物との関係により決定 されます。ネズミ類を例にとると、草原にはハタネズミが最も多く、他のネズミはきわめて少ないのに対して、草原内のミ ズナラ林ではヒメネズミなど他のネズミが個体数、種類数とも多くみられます。これは餌の質と量(植生と密接に関連する )及びネズミ類間の干渉の結果でしょう。もし草原からはハタネズミを取り除けば、カゲネズミやヤチネズミなどがそこへ 侵入することでしょう。草原で植物をめぐる哺乳類の関係は複雑な網(食物網)を作りますが、草本類を主に食べるノウサ ギ、ハタネズミ、昆虫など無脊椎動物を食べる食虫類、植物と無脊椎動物を食べるアカネズミ、ヒメネズミ、これら哺乳類 を食べる食肉類の各段階に大別できます。この段階(栄養段階)が高く(強い肉食)なる程、各段階の生物の個体数、総重 量やエネルギー流量は普通少なくなるという、ビラミッドの形を示します。一般にネズミは植物の生産した量(純生産量) の1%、食肉類(イタチ)はネズミのそれの3%くらいを消費するといわれてます。

主に見られる哺乳類

ホンシュウジカ(しか科) 山麓帯の広葉樹林、若いカラマツ林に多く住んでいる。
雌親を中心に雌家族群で行動している。
ニホンカモシカ(うし科) 標高1500m付近から山頂付近まですんでいて、雄にも雌にも角がある。
多くは単独行動で2頭いるときは子を連れているときだけである。
冬、食物の草がなくなるとシラビソ類の樹皮や葉を食べて命をつなく。
カモシカは1箇所にため糞をする。
国の特別記念物である。
ノウサギ(うさぎ科) 広く亜高山帯の森林まで分布する。
草食獣だが、冬は低木の先端や幼木の樹皮を食べて生活する。
キツネが増えると捕食されて数が減る。
テンにも食べられる第一次消費者として大事な生態位置にある。
ヤマネ(やまね科) 1科1属1種の日本国有種である。
冬は体温を7〜3℃くらいまで下げて、約6ヶ月間冬眠することで知られている。
国の天然記念物である。
オコジョ(いたち科) 亜高山帯から高山帯にかけて生息する。
ネズミやノウサギを食べている。
岩場やハイマツの間をもぐり歩いて餌を探す。
人なつこっく、小屋の近くや登山道脇ににもでてくる。
オコジョがもっとも高所に、亜高山帯にテンが、低山帯にイタチがすみわけている。
ネズミ類 亜高山帯にはミズラモグラ、ヒメヒミズ、トガリネズミが分布し、
低山帯にはモグラ、ヒミズ、ジネズミが生息し、近縁種は互いにすみわけしている。
食虫類 亜高山帯森林にはヤチネズミやカゲネズミ、ヒメネズミが生息する。
低山帯の明るいところには、ハタネズミ、アカネズミが分布している。
その他の哺乳類 サルとツキノワグマは蓼科山東山麓に、
タヌキ、キツネ、アナグマ、ムササビは低山帯森林に、
モモンガは亜高山帯森林に分布している。
イノシシは少数八ヶ岳にも生息している。

二種のモグラ

 草原の登山路でしばしばモグラの死体が見っかります。ミズラモグラは極めて珍しいモグラで、アズマモグラよりも小 型で古いタイプだとされています。霧ヶ峰のアズマモグラは低地のものよりも小型です。

ハタネズミの生活

 霧ヶ峰の草原を代表する哺乳類はハタネズミです。彼らは草原の地中にトンネルを掘って生活しているので、地表には 盛り土と出入りする小さい穴があります。このネズミは主に草本類を食べています。霧ヶ峰では餌として、ヒメスゲ、コバ ギボウシ、へラバヒメジョンなど44種の草本が確認されています。草本はセルロースを骨格としているので、硬く消化し にくい。それを効率よく消化する仕組がハタネズミにはあります。
 臼歯は相対的に長大で複雑なくびれがあり、終生伸び続けるので、効率よい咀しゃくが可能です。また盲腸と結腸が著し く大きいために、食べた草本の発酵と分解が促進される、と考えられます。このネズミは7〜8月に1回当たり平均3頭の 子を出産するので、個体数は7月から増え始め、8〜9月に最大になります。調査によると捕獲数は最大30〜35頭に達 し、秋に減少し始め、春まで低いままでした。さらに、夏の最大数には長期的な変動周期がないようでした。ハタネズミの 仲間では3〜4年周期で数がひどく増えることが北米で報告されています。なぜ霧ヶ峰のハタネズミではこのような長期的 な周期がみられないのか、また数を調節する仕組みがハタネズミの仲間と異なるのかどうか、おもしろい問題だと思います。

キツネの生活

 草原内の登山路やビーナスラインを注意して歩くと、キツネの糞を見つけることができます。またキツネがハタネズミ を捕らえるためにその坑道を掘った跡もみられます。
 新雪の降った翌日、草原に縦横につけられたキツネの足跡をたどると、尿や糞などのサインと共に、ノウサギやネズミを 追った様子などから、キツネの諸活動を推理することができます。キツネの糞の内容物を調べることにより、その食物がわ かります。それによると、霧ヶ峰のキツネは観光客の捨てた残飯類(トウモロコシ、ブドウ、魚介類)に相当強く依存して いることが分かりました。ビーナスライン沿いに設置されたゴミ入れ周囲に散乱する残飯は、キツネの格好の餌であったの です。同様のことはイギリスやスイスのキツネでも報告され、特にイギリスでは最近キツネが都市に定住し始め、食料品店 の外に捨てられる残飯の掃除屋となっているといいます。キツネが人に依存する傾向は今後一層強まるのかもしれません。 キツネは本来のウサギ、ネズミや小鳥を主に食べています。しかしその構成は住む場所より相当変化します。最も主要な食 べ物は、霧ヶ峰ではハタネズミ、松本市入山辺の自然林ではノウサギで、しかもそこではハタネズミはあまり食べられてい ません。このような食物構成の違いは、住む場所での餌となる動物の種類(動物相)と量の違いを反映しています。つまり 、霧ヶ峰草原では数と総重量ともハタネズミが圧倒的に多く、ノウサギは少ない。一方、入山辺の自然林ではノウサギが多 く、ハタネズミを除く他のネズミ類がみられます。キツネは量的に多く手に入りやすい動物を食べているのです。キツネ( 正式にはアカキツネ)は世界中(旧北区、インドシナ、北アメリカ)にみられ、よく繁栄しています。この繁栄の秘密とし て、雑食性、食物選択の融通性、人への依存性が挙げられます。

●周辺地域における大型哺乳類の分布

 霧ヶ峰周辺にはニホンザル、ツキノワグマ、カモシカ、シカあるいはイノシシなどの大型哺乳類がみられます。例えば 、美ヶ原から鉢伏山、あるいは霧ヶ峰の観音沢の森林にはツキノワグマやシカなどが生息しています。八ヶ岳の西岳、編笠 山の西斜面にはシカの保護区があり、シカの群がみられます。また白樺湖の東の蓼科山周辺には“はなれザル”が現れるこ とがあるといいます。このように大型哺乳類の種類は一見豊富ですが、その分布の範囲や個体数は確実に減少しつつありま す。例えば、蓼科山周辺では1950年に20頭のサルの群がいましたが、それ以後群はみることができません。諏訪湖の 南の守屋山周辺でも1952年以降ツキノワグマが見られなくなりました。霧ヶ峰下部の諏訪市側の森林には、かつてシカ が多かったと思われるのですが、現在ではその数はわずかです。美ヶ原ではビーナスラインの着工と開通に伴い、シカの分 布範囲が狭くなりました。霧ヶ峰に住む奥霧小屋のご主人の話によると、かって霧ヶ峰の草原で、放牧された牛と一緒にシ カが草をはんでいたのが見られたといいます。また、かって旧御射山と沢渡の樹林がシカの通り道であったそうです。この ような光景が再び見られるようにしたいものです。そのためには私たちは何をしたらよいのでしょうか。周辺地域の哺乳類 が豊かに保たれていることが、そのための前提となるでしょう。

  参考文献:「霧ヶ峰の自然観察」土田勝義(編集)

3−3.蝶  類

 霧ヶ峰の草原には多くの虫たちが生活しています。種類もさまざまで小さなアリやカの仲間から華麗に舞う蝶やトンボ の仲間、鳴き声の楽しいセミやキリギリスの仲間、花にはハナアブやハナカミキリといった仲間も見られます。このような 虫には多くの仲間がありはじめから全てを観察することは大変です。そこでまず最も親しみやすい蝶の観察から始めましょう。
 夏、草原ではクジャクチョウ、エルタテハ、アカタテハ、コヒョウモン、ギンボシヒョウモンといったタテハチョウ科の 蝶がマツムシソウやアザミの花に争うように集まってきています。クジャクチョウはその名のとおりクジャクの尾羽の紋に 似た目玉模様で翅の表を飾っています。しかし翅の裏は黒っぽい地味な模様で、これは敵から身を守るための保護色なのか もしれません。ヒョウモンチョウの仲間にメスグロヒョウモンという蝶がいます。この蝶の堆は他のヒョウモンチョウの仲 間と同じように翅に猛獣のヒョウのような橙色に黒い斑紋のある模様ですが、雌では黒地に白い帯のある模様をしていて雄 とはまるで別の種類のようです。
 草原ではタテハチョウの仲間だけでなく注意して観察すると花の間を敏速に飛び回っているキマダラセセリやコチャバネ セセリ、スジグロチャバネセセリといったセセリチョウ科の仲間も多く、また小さいけれど水色の翅が美しいツバメシジミ やヒメシジミも観察できます。場所によっては少し大型のアサマシジミも見られます。
 草原の中でその大きさと美しさで目をうばわれるのがフワフワとゆっくり舞うアサギマダラです。草原の散歩を楽しんで いるかのような飛び方ですが、驚かすと急に飛び方が敏捷になっていっきに空高く舞い上がってしまいます。アサギマダラ は南の暖かい地方で冬を越して夏の間だけ霧ヶ峰のような標高の高いところで生活します。そして秋になると標高の低いと ころへと移動していくのです。草原の中にある背の低いミズナラ林に入ってみましょう。林の中の日影からヤマキマダラヒ カゲ、クロヒカゲといったジャノメチョウの仲間がバタバタと飛び立ちます。この仲間はこのような日影を好み天気の良い 日はあまり明るい草原にでてきません。昼間はたいてい林の中の木の幹や草の葉などで休んでいて、早朝や夕方活発になり 草原に出て釆ます。このミズナラの林にはジャノメチョウのような地味な色をした蝶の他に緑色に光り、飛ぶ宝石とも言わ れるほど美しい翅を持ったアイノミドリシジミやショウザンミドリシジミといったミドリシジミの仲間も見られます。
 この他にも霧ヶ峰周辺ではミヤマシロチョウやコヒオドシなどの高山蝶やヒメギフチョウといった数の少ない貴重な蝶が 見られます。また街中でも普通に見られるキアゲハが草原を風に乗って飛んでいく姿もよく見かけます。


主に見られる哺乳類:蓼科山頂ヒュッテ 米川喜明様寄稿
その他:『霧ヶ峰の自然観察』土田勝義【編】大正印写1992年5月発行【第3版】